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実は私自身、長年ペイズリー柄の元となったモチーフはマンゴーだと信じていた。インドの繊維業界の友人からも長年そう教えてもらっていたからだ。インドの亜熱帯の地でたわわに実るマンゴーの形があのしずく型に——そう思うと確かに腑に落ちる話ではある。しかし今回、記事を書くにあたって改めて調べてみると、それは誤解だったとわかった。ゾロアスター教の糸杉、ペルシャの灌木(ボーテー)、そして古代イランのヤズドの布地……起源をたどればたどるほど、マンゴーよりずっと古く、複雑な歴史が見えてきた。もっとも、マンゴーを起源とする説は今もインド国内で語られており、それ自体が「生きた文化の解釈」として面白い。長年インドと向き合ってきた私でも知らなかったことがあった——そのことに少し驚きつつ、この記事をまとめた。
バンダナ、ネクタイ、スカーフ——日常のあちこちで目にするあの「しずく型の渦巻き模様」の名前がペイズリーだ。あまりにも身近すぎてその由来を考えたことがある人は少ないかもしれないが、この模様には数千年の旅路がある。ペルシャで生まれ、インドのカシミールで花開き、イギリスを経て世界を席巻したペイズリー柄の軌跡を、確認された引用出典とともにたどる。
② ボーテーの起源と象徴的意味
③ インド・カシミールでの発展
④ ヨーロッパへの旅と名前の誕生
⑤ 60年代の復活とポップカルチャー
⑥ 現代インドでの活用事例
⑦ 日本のバイヤーへの示唆
01
ペイズリーとは——あの「勾玉模様」の名前の正体
ペイズリー(paisley)とは、「ボーテー(boteh)」または「ブタ(buta)」と呼ばれる、先端が曲がった涙滴形のモチーフを用いた装飾的なテキスタイルデザインのことだ。Wikipedia「Paisley (design)」によれば、「ペルシャ(イラン)を起源とし、インドのムガル帝国期以降の版がインドから輸入されたことで18〜19世紀に西洋で広く知られるようになった。特にカシミール・ショールという形で普及し、その後スコットランドのペイズリー市で複製された」とされている。
出典:Wikipedia「Paisley (design)」
ペイズリー市
(Buta / Kalka)
(Boteh: بته)
模様・勾玉模様
アメリカのキルト作家たちは18世紀以来、ペイズリーの形を「ペルシャのピクルス(Persian pickles)」と呼んでいた。また中国語では「火腿紋(豚のハムの模様)」と呼ばれるなど、同じ形がいかに各文化で異なる見立てをされてきたかがわかる。(Paisley Power「History of Paisley」;Wikipedia「ペイズリー」日本語版)
02
ボーテーの起源と象徴的意味——諸説ある「聖なる形」
ペイズリーの起源については複数の説が存在し、専門家の間でも見解が分かれている。確認された資料をもとに主要な説を整理する。
Wikipedia「Paisley (design)」によれば、「ボーテーはゾロアスター教のシンボルである糸杉(永遠と生命の象徴)を様式化した花のスプレーと、その合流したものだという見方が一部のデザイン研究者にある」。古来ペルシャでは糸杉は「永遠」や「生命」を象徴しており、ゾロアスター教の宗教的文脈から生まれたとされる説が最も広く支持されている。
出典:Wikipedia「Paisley (design)」;ロイズ・アンティークス「ペイズリー柄を辿って」
Paisley Power「History of Paisley」は「サーサーン朝(224〜651年)の時代にペルシャで起源したという説が一般的」と述べる。この帝国の文化は現代のペルシャのアイデンティティにまで影響を与え続けている、と同資料は記している。
出典:Paisley Power「History of Paisley」
Paisley Powerによると「現在のイラクにあたる古代バビロンが起源のひとつとされ、紀元前1700年まで遡る可能性があるという主張もある」。またBBCのドキュメンタリー「Silk Road」(2016年)でSam Willis氏は「イランのヤズド市が起源」という説を紹介している。ヤズドでは「テルメ(termeh)」というシルクとウールの伝統布にボーテー模様が織り込まれていた。
出典:Paisley Power「History of Paisley」;Wikipedia「ペイズリー」日本語版
インドのカシミール地方ではペイズリーに似た勾玉型の模様を「生命の樹」と呼ぶナツメヤシの種子と捉え、特別な意味を持つ柄として扱ってきた(LYL.FASHION「謎多き、魅惑のペイズリーの世界」)。Wikipedia日本語版「ペイズリー」によると、現在はインドやイランでも本来の宗教的意味は忘れられ、単純に装飾として使われているが、「生命力」や「霊魂」と結びつけられることもあると記されている。
出典:LYL.FASHION「謎多き、魅惑のペイズリーの世界」;Wikipedia「ペイズリー」日本語版
03
インド・カシミールでの発展——ムガル帝国が愛した「カシミール・ショール」
ペルシャで生まれたボーテー模様は、インドのカシミール地方でまったく新しい高みに達した。Wikipedia「Paisley (design)」によれば、1400年代にはカシミール・ショールの最初期の記録があり、1500年代のアクバル皇帝の統治時代(ムガル帝国期)には「ショール作りはすでにインドで流行していた」と記録されている。
カシミール・ショールの最古の記録。ムガル征服(1400年代初頭)以前からショール作りがインドで行われていたことが記録から確認されている。
出典:Wikipedia「Paisley (design)」
ボーテー・ジェゲ(ペイズリー)のショールがムガル帝国で非常に人気となった。アクバル皇帝は地位の象徴として一度に2枚のショールを重ね着する習慣を始め、他の支配者や高官への贈り物としても使用した。
出典:Wikipedia「Paisley (design)」
1700年代までに、カシミール・ショールは今日われわれが「ペイズリー」と呼ぶデザインのイメージで生産されていたとされている。カシミールで用いられた技法(カニ織り・刺繍)は非常に精巧で、Wikipedia日本語版は「再現不可能とも言われる難解な技術が使われていた」と記している。
出典:Wikipedia「Paisley (design)」;Wikipedia「ペイズリー」日本語版
NoName Global(2025年)によれば、現代インドでも「カシミールでは今もカニ(Kani)織りとジャマワール(Jamawar)ショールに精緻なペイズリー模様が織り込まれており、1枚仕上げるのに数か月かかることがある」。天然染料として藍・アカネの根・ブドウの葉・クルミの殻・ザクロの皮などが使われていたことが知られている(Wikipedia「ペイズリー」日本語版)。
出典:NoName Global「Fashion Retailers Can’t Afford to Ignore Paisley in 2025」(2025年);Wikipedia「ペイズリー」日本語版
04
ヨーロッパへの旅と「ペイズリー」という名前の誕生
インドのカシミール・ショールはいかにしてスコットランドの町の名前を持つことになったのか。その過程を確認できる史料をもとに整理する。
18〜19世紀、イギリス東インド会社がカシミール・ショールをインドからイギリスに輸入した。ショールはたちまち大流行し、LYL.FASHIONの記事によれば「東インド会社の職員が土産として持ち帰ったことが世界的認知のきっかけ」になったとされている。
出典:Wikipedia「Paisley (design)」;LYL.FASHION「謎多き、魅惑のペイズリーの世界」;FUDGE.jp「ペイズリー柄」
Wikipedia「Paisley (design)」によれば「当時ヨーロッパ最大のテキスタイル産地だったスコットランドのペイズリー市が、西洋で最初にこのデザインを模倣した」。ジャカード織機を使って大量生産されるようになり、産業革命の恩恵で価格が下がり中産階級にも広まった。1840年頃からペイズリー市のショールが有名になり、「ペイズリー柄」と呼ばれるようになった(Wikipedia「ペイズリー」日本語版)。
出典:Wikipedia「Paisley (design)」;Wikipedia「ペイズリー」日本語版
1870年代以降、バッスル・スタイルが流行するとカシミール・ショールは時代遅れとなった。Articles of Interestの記事によると「流行遅れになった多くのショールは衣服へと仕立て直された」。その後アメリカへも渡り、ベンガルのショール売り行商人が東海岸各地に現れ、1960年代の再発見につながっていく。
出典:Articles of Interest「Paisley」;Wikipedia「Paisley (design)」
フランスでの別名:フランスではデザイナーの東洋趣味を反映して「カシミール(Cachemire)」の名前でも知られており、「ペイズリー」という英語名が定着する以前のヨーロッパでは「スコットランドのスペード」とも呼ばれていた(Wikipedia「ペイズリー」日本語版)。
05
1960年代の復活とポップカルチャーへの浸透——インドへの里帰り
1870年代に一度は表舞台から退いたペイズリーは、約100年後に劇的な復活を遂げる。そのきっかけはヒッピー・カルチャーとロックミュージックだった。
Articles of Interestの記事によれば、「ペイズリーはヒッピー・ムーブメントによってポップカルチャーに再び浸透した。バンダナから始まり、現在もボホー・フェスティバルのファッションで生き続けている」。このとき特筆すべきは、ヒッピー文化経由で普及したペイズリーがインドに逆輸入されたことだ。同記事は「インドのBombay Dyeingがサイケデリックなペイズリー・サリーを生産するようになった」と記している。
出典:Articles of Interest「Paisley」
MINARIメディアの記事によれば、「祖母が使用していたカシミール・ショールの模様に惹かれたジンモ・エトロが、すでに廃れていたペイズリー柄を復活させるべく、ETROブランドで次々と製品を作り出した。これがイタリアの富裕層に広まり世界的認知を広げた」。FUDGE.jpも「ETROがペイズリー柄のインテリアを1980年代にリリースし、以後ブランドのアイコニックな柄として定着した」と記している。
出典:MINARI「ペイズリー柄をストリートに持ち込んだ最初のブランドは?」;FUDGE.jp「ペイズリー柄」
MINARIによると「THE HUNDREDS(ザ・ハンドレッツ)が2004年にヴィンテージのバンダナにインスパイアされた白いペイズリープリントのスウェットシャツを発表し、ペイズリーをストリートに最初に持ち込んだブランドとされる」。その後多くのストリートウェアブランドが追随し、現在もボホー・フェスティバル、ヒップホップ文化など幅広いシーンでペイズリーは使われ続けている。
出典:MINARI「ペイズリー柄をストリートに持ち込んだ最初のブランドは?」
2024年のランウェイにも:Harper’s Bazaar India(2025年8月)によれば、「2024年秋冬コレクションではDior Menがペイズリー・プリントのシルクを仕立てたジャケットに取り入れ、よりシャープでクリーンな印象を与えた。Bodeのノスタルジックなアメリカーナ作品もペイズリー・バンダナ・プリントを取り入れ、ハリー・スタイルズのスーツやリアーナのスカーフにも見られる」とあり、ペイズリーがハイエンドファッションでも現役であることが確認できる。
出典:Harper’s Bazaar India「Paisley’s patterned journey from Persia to pop culture」(2025年8月)
06
現代インドでの活用事例——産地から技法、製品カテゴリまで
現在のインドでペイズリー柄はどのように生産・活用されているのか。NoName Global(2025年)の業界解説をもとに整理する。
カニ(Kani)織りとジャマワール・ショールの伝統が続く。精緻なペイズリー模様の手織り品は1枚数か月を要する
ブロック・プリントによるペイズリー生地の主要産地。手彫り木版に天然染料を使った伝統的技法が今も続く
ブロック・プリントによるペイズリー生地のもう一つの主要拠点。テキスタイル産業の集積地
デジタルプリントのペイズリーを現代シルエットに使うデザイナーが集積。インド・ウェスタンフュージョン製品の中心地
ザルドジ刺繍・チカンカリ刺繍でペイズリーの影響を受けたモチーフを施す伝統が続く
出典:NoName Global「Fashion Retailers Can’t Afford to Ignore Paisley in 2025」(2025年)
現代インドで使われるペイズリーの製作技法
| 技法 | 特徴 | 主な産地 |
|---|---|---|
| ブロックプリント | 手彫りの木版を天然染料に浸してスタンプ。有機的な風合いが特徴 | ジャイプール、アーメダバード |
| カニ(Kani)織り | 木製のつまようじ(カニ)を使った古代のはた織り技法。1枚に数か月 | カシミール |
| ザルドジ・刺繍 | 金糸・銀糸・ビーズを使った高級刺繍。ペイズリーモチーフに多用 | ムンバイ、デリー |
| デジタルプリント | 精密な多色印刷が可能。フュージョンウェアやアクセサリーに多用 | デリー、ムンバイ、コルカタ |
| レーザーカット刺繍 | ハイテク刺繍機でペイズリー形を精密に作成。ラグジュアリーウェアに | 主要都市の近代工場 |
出典:NoName Global「Fashion Retailers Can’t Afford to Ignore Paisley in 2025」(2025年)
ペイズリーが使われる主な製品カテゴリ(現代インド)
🥻 サリー・ドゥパッタ
🧣 スカーフ・ストール
🧥 ネルーカラー・ジャケット
👗 ドレス・マキシガウン
👕 コードセット(SS25注目)
👜 バッグ・ポーチ
🛋 インテリア・クッションカバー
🪢 カシミール・ショール(伝統品)
出典:NoName Global「Fashion Retailers Can’t Afford to Ignore Paisley in 2025」(2025年);Harper’s Bazaar India(2025年8月)
07
日本のバイヤー・ブランドへの示唆
数千年の歴史、ムガル帝国との縁、インドからスコットランドへの旅——ペイズリーはその由来を語ることで、単なる「柄もの」を「物語のある一枚」に変えられる。日本市場では「背景のある工芸品」への関心が高まっており、産地・技法・モチーフの意味を商品ページに落とし込むことで差別化できる。
カシミールのカニ織り(高単価・コレクター向け)、ジャイプールのブロックプリント(中価格帯・ライフスタイル向け)、デジタルプリント(低価格帯・ファッション向け)と技法ごとに明確な市場セグメントがある。仕入れ時に産地と技法を確認し、ターゲット客層に合わせた選定が重要。
Harper’s Bazaar India(2025年8月)が「2024年FW・Dior Menにもペイズリーが登場」と報じているように、ペイズリーは現在もグローバルのラグジュアリーブランドで使用されている現役の柄だ。NoName Global(2025年)も「SS25コレクションでボホー・ペイズリーのコードセットが注目」と指摘しており、タイムリーな訴求が可能。
市場にはデジタルプリントで安価に「ペイズリー柄」を再現した製品が多く流通している。付加価値商品として展開する際は、ブロックプリントや手刺繍など「手仕事の証拠」を確認し、産地証明・職人情報をサプライヤーから取得することを推奨する。
まとめ——ペイズリーは「旅する文様」だ
ゾロアスター教の糸杉から生まれたとされるボーテー模様。紀元前1700年頃まで遡る可能性も指摘される(Paisley Power;Wikipedia)。
ムガル帝国のアクバル皇帝が愛し、カシミールの職人が数か月かけて織り上げたショールに昇華させた(Wikipedia「Paisley (design)」)。
東インド会社が持ち込み、ペイズリー市が量産した。産業革命が大衆化をもたらし「ペイズリー」という英語名が定着した(Wikipedia「Paisley (design)」)。
DiorからストリートウェアまでDNA的に受け継がれ、インドでは伝統技法と最新デジタルプリントで2025年も現役(Harper’s Bazaar India;NoName Global)。
記事:背戸土井
インドトレンドフェア東京
ブロックプリント・カシミール織物・刺繍——ペイズリーを手がけるインドのテキスタイルメーカーが東京に集結。実物のサンプルを手に取りながら、産地・技法・MOQを直接確認できます。
インドトレンドフェア東京を主催するJIIPA(Japan-India Industry Promotion Association)は、日本とインド間の経済・貿易・産業連携を促進するNPO法人です(東京都認可)。東京・ニューデリー・ムンバイに拠点を持ち、日本企業のインドビジネス参入を幅広くサポートしています。
主要引用・参照元一覧
- Wikipedia「Paisley (design)」(英語版)— ペイズリーの定義・ボーテーの語源・アクバル皇帝とショール・東インド会社・スコットランドへの伝播・ペイズリー市での大量生産
- Wikipedia「ペイズリー」(日本語版)— 日本語名(松毬模様・勾玉模様)・天然染料の種類・カシミールの難解な技術・フランスでの別名・ペイズリー市で名前が定着した経緯・エトロとATTI
- Paisley Power「History of Paisley」— 起源諸説(バビロン・ヤズド・サーサーン朝);「ペルシャのピクルス」というニックネーム;William Moorcroftのエピソード
- NoName Global「Fashion Retailers Can’t Afford to Ignore Paisley in 2025」(2025年)— 現代インドの産地(カシミール・ジャイプール・アーメダバード・デリー等)・製作技法・製品カテゴリ・SS25トレンド
- Harper’s Bazaar India「Paisley’s patterned journey from Persia to pop culture」(2025年8月)— Dior Men 2024FWでのペイズリー活用;ハリー・スタイルズ・リアーナの着用事例
- Articles of Interest「Paisley」— ヒッピー運動によるペイズリー復活;Bombay Dyeingによるインドへの「逆輸入」;ベンガルのショール売り行商人とアメリカへの伝播
- MINARI「ペイズリー柄をストリートに持ち込んだ最初のブランドは?」— ETROの役割;THE HUNDREDSが2004年にストリートへ持ち込んだ経緯;日本のブランドとラッパーのペイズリー活用
- FUDGE.jp「ペイズリー柄」— 東インド会社職員によるショールの持ち帰り;ETROが1980年代にペイズリーをファッション定番化した経緯
- LYL.FASHION「謎多き、魅惑のペイズリーの世界」— カシミールでの「生命の樹」としての意味;東インド会社がきっかけで世界に広まった経緯
- ロイズ・アンティークス「ペイズリー柄を辿って」;HIGHSNOBIETY.JP「バンダナの歴史を総ざらい」;CanCam.jp「ペイズリーってそういえば何?」— 日本語での補足情報