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第2回「値段の壁を最初に計算する——上陸コストの作り方」

実践ガイド 全6回・第2回 / インドで生地を売る

値段の壁を最初に計算する——上陸コスト(landed cost)の作り方

— 日本で1,000円/mの生地は、インドの買い手の手元でいくらになるのか —

インド財務省2025-26年度予算(Finance Bill 第2附則)・インドGST評議会 第56回会合・インド商工省/DGFT(外国貿易政策2023)・AEPC(アパレル輸出振興評議会)・日印包括的経済連携協定(IJCEPA)・日本商工会議所・Fibre2Fashion ほか各機関の公表資料をもとに編集。税率・制度は公表資料に基づく確定情報、運賃・諸掛・マージンは「仮定値」として明示して区別している。

前回(第1回・買い手地図)の最後に、渡航前チェックリストのQ3「中国製の何倍の単価になるか、把握しているか?」を挙げました。今回はその答えを出します。

インドで生地を売るとき、日本のメーカーが最初につまずくのが「自社の生地が、インドの買い手の手元で結局いくらになるのか分からない」という状態です。この数字を持たずに商談に行くと、価格を聞かれた瞬間に会話が止まります。逆にこの数字を自分で出せるようになると、狙うべき買い手も、諦めるべき買い手も、その場で判断できるようになります。

本稿では、日本の工場出荷価格1,000円/mの生地を例に、インドの買い手の手元価格まで1行ずつ積み上げます。電卓さえあれば自社の商材でも同じ計算ができるように作りました。

一言でまとめると:日本出荷1,000円/mの生地は、通常の関税ルート(基本関税20%)でインドの買い手が直接輸入した場合、実質原価約815ルピー/m(約1,358円相当・US$8.54/m)=日本出荷価格の約1.36倍になる。輸入商社を挟むと約1.56倍。ただしインドには関税が消える正規ルートが2つあり(日印EPAの特恵税率/輸出向け生産の前払輸出認可)、これが使えると約1.12倍まで下がる。この0.4倍分の差が、売れるか売れないかを分ける。

✏️ 編集後記
本稿は全6回シリーズ「インドで生地を売る」の第2回。読者から最も多く寄せられる「結局いくらで売れるのか」という問いに、計算過程をすべて開示して答えることを目的とした。税率・制度は出典付きの確定情報だが、運賃・保険・通関費用・商社マージンは自社の実見積もりで置き換えるべき「仮定値」である。本稿ではその区別を明示している。

この記事の内容

① 先に答え——1,000円/mの生地は、インドでいくらになるか

② インドの輸入諸税は4つだけ——計算式を覚える

③ 実演——1,000円/mを1行ずつ積み上げる

④ 税金が消える3つの正規ルート

⑤ ニット生地の落とし穴——「20%かkg115ルピーの高い方」

⑥ この価格で売れるのか——最終製品からの逆算

⑦ 見積書には何を書くのか

⑧ 留意点・前提条件/次回予告

① 先に答え——1,000円/mの生地は、インドでいくらになるか

— 計算過程は③で示します。まず結論から —

日本の工場出荷価格1,000円/mの合繊織物(目付200g/m²と仮定)を、インドへ輸出した場合の到達価格は次のとおりです。

ルート買い手の実質原価円換算米ドル日本出荷比
A. 通常関税(20%)+商社経由約937ルピー/m約1,561円$9.821.56倍
B. 通常関税(20%)+買い手が直接輸入約815ルピー/m約1,358円$8.541.36倍
C. 免税ルート+商社経由約771ルピー/m約1,285円$8.081.29倍
D. 免税ルート+買い手が直接輸入約670ルピー/m約1,117円$7.031.12倍

ここが重要:同じ生地でも、ルートの選び方だけで約1.12倍〜1.56倍と40%以上の開きが出ます。「インドは関税が高いから無理」と諦める前に、どのルートが使えるかを確認することが先です。ルートDが使える買い手は実在します(④で解説)。

🔎 「実質原価」とは何か(初心者向け解説)

上の表はIGST(統合物品サービス税)を差し引いた後の金額です。IGSTは輸入時に払いますが、GST登録をしている事業者なら、後で自社の納税額から差し引ける(=仕入税額控除)ため、最終的な負担にはなりません。日本の消費税と同じ考え方です。一方、関税(BCD)と社会福祉課徴金(SWS)は戻ってこない「本当のコスト」です。この違いを理解していないと、買い手との価格交渉で話が噛み合いません。

前提:為替は 1米ドル=159円=95.4ルピー(1円=0.60ルピー)を計算例として使用(2026年7月末時点の市場実勢値。実際の課税にはインド税関がRBI〈インド準備銀行〉公示レートを用いる)。HSコードは合繊織物5407系(基本関税20%・IGST 5%)を想定。運賃・保険・通関費用・商社マージンは仮定値(③に内訳を明示)。

② インドの輸入諸税は4つだけ——計算式を覚える

— 複雑に見えて、覚えることは多くない —

インドの輸入時にかかる税金は、生地の場合実質的に3つ(+計算の土台となる課税価格)です。順番が決まっているので、その順に足していくだけです。

📐 インドの輸入諸税・計算の順番

ステップ0:課税価格(Assessable Value/AV)を出す
AV = CIF価格(インドの港までの運賃・保険込み価格)+ 上陸諸掛(通常CIFの1%)
※CIF価格はインド税関がRBI公示レートでルピーに換算します。

ステップ1:基本関税(BCD=Basic Customs Duty)
BCD = AV × 関税率
※これがいわゆる「関税」。生地は品目により20%が中心。戻ってこないコスト。

ステップ2:社会福祉課徴金(SWS=Social Welfare Surcharge)
SWS = BCD × 10%
※商品価格ではなく関税額に対して10%かかります。これも戻ってこないコスト。

ステップ3:IGST(統合物品サービス税)
IGST =(AV + BCD + SWS)× IGST率
※生地は5%。GST登録事業者なら仕入税額控除で回収可能(=実質負担ゼロ)。

ステップ4:通関・港湾・内陸輸送費用
※税金ではありませんが、買い手の手元原価には必ず乗ります。実見積もりが必要。

🧵 「本当のコスト」は BCD + SWS だけ

4つのうち、買い手にとって回収できない負担は BCD と SWS の2つだけです。BCDが20%なら、SWSはその10%(=AVの2%)なので、合計でAVの22%。これが「関税の壁」の正体です。逆にいえば、この22%さえ何とかなれば、日本製生地の価格は一気に現実的になります。その方法が④です。

出典:インド中央間接税関税局(CBIC)の関税計算体系に基づく標準的な計算順序(課税価格=CIF+上陸諸掛1%/SWS=BCDの10%/IGST=〈AV+BCD+SWS〉×IGST率)。生地のIGST率5%は、第56回GST評議会(2025年9月3日)の決定に基づき2025年9月22日施行された新税率体系(5%・18%の2区分)による。

③ 実演——1,000円/mを1行ずつ積み上げる

— 自社の数字に置き換えられるよう、全行を開示します —

前提条件は次のとおりです。赤字は「仮定値」で、自社の実見積もりに置き換えてください。青字は「制度で決まっている確定値」です。

#項目計算金額
日本の工場出荷価格(EXW)前提1,000円/m
国内輸送+輸出梱包+輸出通関 (仮定 +3%)1,000 × 1.031,030円/m
=FOB日本港=$6.48/m
海上運賃+保険 (仮定 FOBの+5%)1,030 × 1.051,081.5円/m
=CIF=$6.80/m=648.9ルピー/m
課税価格(AV)=CIF+上陸諸掛1%648.9 × 1.01655.4ルピー/m
基本関税 BCD (20%)655.4 × 20%+131.1ルピー
社会福祉課徴金 SWS (BCDの10%)131.1 × 10%+13.1ルピー
IGST (5%)※控除可(655.4+131.1+13.1) × 5%+40.0ルピー
通関手数料・港湾費用・内陸輸送 (仮定)実見積もり+15ルピー
上陸コスト(IGST込み)④+⑤+⑥+⑦+⑧854.6ルピー/m
実質原価(IGST控除後)⑨ − 40.0814.6ルピー/m
輸入商社・代理店を挟む場合 (仮定 マージン15%)814.6 × 1.15936.8ルピー/m

買い手の実質原価
(直接輸入・通常関税)

815ルピー/m

≒1,358円/$8.54

うち「戻らない税負担」
(BCD+SWS)

144.2ルピー/m

課税価格の22%

日本出荷価格に対する
倍率(直接輸入)

約1.36倍

商社経由なら約1.56倍

🔎 自社の数字に置き換えるときのコツ

②③の運賃・保険は、必ず自社のフォワーダー(国際物流業者)から実見積もりを取ってください。本稿は合計8%と仮定しましたが、小ロットのLCL(コンテナ混載)輸送では比率が大きく跳ね上がります。反物1本だけを送るような数量では、運賃比率が20%を超えることも珍しくありません。「初回サンプルは高い」のはこのためです。

⑧の通関・内陸輸送も港と納品先の距離で変わります。ナヴァ・シェヴァ港(ムンバイ近郊)からスーラトまでと、チェンナイ港からティルプールまででは条件が違います。第1回の産地地図で狙う都市が決まっていれば、その港からの見積もりを取れます。

出典:計算式はインドの標準的な輸入税計算体系による(課税価格=CIF+上陸諸掛1%、SWS=BCDの10%、IGST=〈AV+BCD+SWS〉×税率)。合繊織物(HS 5407)の基本関税20%・IGST 5%は各種関税照会資料および第56回GST評議会(2025年9月3日決定、2025年9月22日施行)による。為替は1米ドル=159円=95.4ルピーを計算例として使用。②③⑧⑪は本稿の仮定値であり、実際の見積もりで置き換えてください。

④ 税金が消える3つの正規ルート

— 22%の壁を合法的に下げる方法 —

③で見た「戻らない税負担144.2ルピー/m(課税価格の22%)」は、条件が合えば正規の制度で消せます。使えるルートは3つあります。

ルート1|日印EPA(IJCEPA)の特恵税率 — 要・8桁HSコード確認

日本とインドの間には包括的経済連携協定(IJCEPA)が2011年8月1日に発効しています。対象品目であれば、基本関税が引き下げ・撤廃されます。適用には日本商工会議所などの発給機関が発行する特定原産地証明書(Certificate of Origin)を輸入通関時に提出する必要があります。

ただし、繊維品目が特恵対象かどうかは8桁のHSコードごとに異なります。IJCEPAでは、インド側が即時撤廃したのは全品目の17.4%にとどまり、10年かけて撤廃する品目が66.32%、除外品目(Exclusion List)が8桁ベースで1,538品目(13.62%)あります。自社の生地がどれに該当するかは、必ず8桁コードで個別に照会してください。

確認方法:①自社商材の8桁HSコードを確定させる → ②インド側の輸入者またはその通関業者(CHA)にIJCEPA特恵税率を照会してもらう → ③該当すれば日本商工会議所で特定原産地証明書の発給手続きを進める。この照会は無料で、数日で答えが出ます。渡航前に必ず済ませてください。

ルート2|前払輸出認可(Advance Authorisation)— 買い手が輸出縫製工場なら最有力

インドの外国貿易政策(Foreign Trade Policy 2023)には、輸出向け製品に物理的に組み込まれる原材料を、無税で輸入できる制度があります。これが「前払輸出認可(Advance Authorisation Scheme)」です。とくに衣料品向けには「特別前払輸出認可(Special Advance Authorisation Scheme)」があり、芯地を含む生地(input fabric)の無税輸入が明示的に認められています。

制度の考え方は「税は輸出すべきでない(Taxes should not be exported)」というもので、輸出品に使う原材料には国内の関税・GSTをかけない、という国際的にも一般的な仕組みです。

実務上の意味:第1回で挙げた買い手①「輸出縫製工場」は、この制度を日常的に使っています。つまり彼らにとって、日本製生地の関税20%は「そもそも払わない税金」である可能性が高い。商談の初期段階で「御社はこの生地をAdvance Authorisationで輸入されますか?」と聞けるかどうかで、提示すべき価格の説得力がまったく変わります。

ルート3|IGSTの仕入税額控除 — GST登録事業者なら自動的に使える

①でも触れたとおり、輸入時に払うIGST(生地は5%)は、GST登録事業者であれば仕入税額控除の対象となり、最終的な負担にはなりません。

注意すべきなのは資金繰りへの影響です。控除で戻るとはいえ、輸入時にはいったん現金で払う必要があります。小規模な買い手にとっては、この一時的な支出が発注量の制約になることがあります。「戻るから気にしないでください」ではなく、「いつ戻るか」まで理解した上で提案できると信頼されます。

ルート誰が使えるかBCD+SWS実質原価
制度を使わない(MFN税率)全員144.2ルピー814.6ルピー/m
ルート1:日印EPA特恵対象HSコードの品目のみ
(要8桁確認・原産地証明書が必要)
0ルピー670.4ルピー/m
ルート2:前払輸出認可輸出向け生産を行う工場
(輸出義務の履行が条件)
0ルピー670.4ルピー/m

ここが重要:ルート1とルート2はどちらも実質原価を814.6→670.4ルピー/m(約18%減)にします。日本出荷価格に対する倍率でいえば1.36倍→1.12倍。この差は商談の成否を分ける水準です。「関税が高いから売れない」と結論する前に、この2つを必ず確認してください。

出典:日印包括的経済連携協定(IJCEPA、2011年8月1日発効);日本商工会議所「日インドEPA 原産地証明書 様式・記入要領」;IJCEPAのインド側譲許内容(即時撤廃17.4%、10年内撤廃66.32%、除外1,538品目〈8桁ベース13.62%〉);インド商工省DGFT「外国貿易政策2023(Foreign Trade Policy 2023)」前払輸出認可制度;AEPC「FAQs on Advance Authorisation Scheme / Special Advance Authorisation Scheme」(特別前払輸出認可による芯地を含む input fabric の無税輸入);インド政府発表(PIB、2023年)。特恵税率の適用可否は8桁HSコードごとに異なるため、必ず個別照会してください。

⑤ ニット生地の落とし穴——「20%かkg115ルピーの高い方」

— 2025年度予算で強化された保護措置の読み方 —

ニット生地を扱うメーカーは、もう一つ確認すべき規定があります。インドは2025-26年度予算(2025年2月1日〜2日の深夜施行)で、特定のニット生地9品目の関税率を「20%、または1kgあたり115ルピーの、いずれか高い方」に変更しました。

🔎 対象となる9つのHSコード

6004 10 00/6004 90 00/6006 22 00/6006 31 00/6006 32 00/6006 33 00/6006 34 00/6006 42 00/6006 90 00

「いずれか高い方」という書き方は分かりにくいので、実際に計算してみます。目付200g/m²のニット生地(1kg ≒ 5m)で比べます。

生地の課税価格従価20%の場合kg115ルピーの場合適用されるのは
655.4ルピー/m
(本稿の日本製生地)
131.1ルピー/m23.0ルピー/m従価20%(=通常どおり)
80ルピー/m
(安価な輸入生地の例)
16.0ルピー/m23.0ルピー/mkg115ルピー(=実質29%)

🧵 この規定が「日本メーカーには有利」である理由

この「kg115ルピー」という下限が効き始めるのは、課税価格が1kgあたり575ルピー(=115÷0.20、約6.03米ドル/kg)を下回るときです。目付200g/m²なら、1mあたり115ルピーを下回る生地が対象になります。

つまりこの規定は、安価な輸入生地を狙い撃ちにした保護措置です。1m 655ルピーの日本製生地には、従来どおり従価20%が適用されるだけで、追加の不利益はありません。むしろ競合となる低価格帯の輸入生地の関税負担が重くなるため、相対的な価格差は縮まる方向に働きます。

出典:Fibre2Fashion「India Budget 2025-26: 20% import duty on knitting fabric with a rider」(2025年2月1日)。インド2025-26年度予算(財政法案 第98条(a)・第2附則、2023年暫定租税徴収法に基づき2025年2月1日〜2日の深夜より施行)。上表の「1kgあたり575ルピー」「実質29%」は、告示された税率から算出した数値です。

⑥ この価格で売れるのか——最終製品からの逆算

— 生地の値段は、服の値段が決める —

815ルピー/mという数字が出たところで、次の問いに進みます。「この生地を使って作った服は、インドで成立するのか?」

1着に1.5m使うと仮定すると、生地代は次のようになります。

1着あたり生地代
(通常関税・直接輸入)

約1,222ルピー

815 × 1.5m

1着あたり生地代
(免税ルート)

約1,006ルピー

670 × 1.5m

ここでインドの税制が、価格帯についての客観的な目印を与えてくれます。2025年9月22日施行の新GST体系では、既製服の税率が「1着2,500ルピー以下は5%、2,500ルピー超は18%」に分かれています。(従来は1,000ルピーが境目でした。)

🔎 2,500ルピーという「制度が引いた線」

インド政府がこの水準に境目を置いたということは、「1着2,500ルピー(約4,170円)」がインド市場における大衆価格帯と高価格帯の分岐点として制度上認識されている、ということです。

生地代だけで1,006〜1,222ルピーかかる服は、縫製賃・副資材・物流・販管費・利益を積み上げれば、小売価格が2,500ルピーを下回ることはまずありません。つまり日本製生地を使った製品は、制度上も市場上も「高価格帯(GST 18%区分)」に位置づけられます。

🧵 ここから導かれる、狙うべき買い手の絞り込み

① 輸出縫製工場(欧米・日本ブランド向け):◎ 最有力。最終製品が欧米・日本市場で売られるため、インド国内の価格帯制約を受けません。加えて前払輸出認可(ルート2)で関税が消える可能性が高い。本シリーズが最初に狙うべきと繰り返している理由がここにあります。

③ ミル・コンバーター:◎ 有力。自社で作れない機能・加工を補完する用途なら、単価差を製品価値で説明できます。

② 国内ブランド:○ ただし2,500ルピー超の価格帯に限る。大衆価格帯のブランドに持ち込んでも、生地代だけで売価を超えかねません。

④ 布地問屋・⑤ サリー業態:△ 現実的でない。中国製生地との直接的な価格比較に晒される市場です。

出典:第56回GST評議会(2025年9月3日開催)の決定に基づく既製服のGST税率変更(1着2,500ルピー以下は12%→5%、2,500ルピー超は12%→18%、2025年9月22日施行。従来の5%適用上限は1,000ルピー)。インド政府情報局(PIB)「Next-Generation GST Reforms Boosts India’s Textiles sector」ほか。「1着1.5m使用」「小売価格が2,500ルピーを下回らない」は本稿の計算例としての仮定であり、製品仕様により変わります。

⑦ 見積書には何を書くのか

— 日本メーカーが実際に提示する数字 —

ここまで計算してきた815ルピー/mは「買い手の手元原価」であって、日本メーカーが見積書に書く数字ではありません。ここを混同すると商談が混乱します。日本側が提示するのは、次の2つです。

条件意味本稿の例
FOB 日本港日本の港で船に積むまでが売主負担。以降は買主負担US$6.48/m
CIF ナヴァ・シェヴァ港運賃・保険まで売主負担。関税以降は買主負担US$6.80/m

🧵 「両方出せる」ことが信頼につながる

見積書に書くのはFOBまたはCIFですが、商談の場で「御社の手元では約815ルピー/m、Advance Authorisationをお使いなら約670ルピー/mになる計算です」と言えるかどうか——これが決定的な差になります。

買い手は自分の手元原価でしか物を考えません。その数字を売り手が先回りして提示できると、「この会社はインドの制度を分かっている」という評価に直結します。逆に「関税はそちらで調べてください」と答えた瞬間、商談の主導権を失います。

⚠️ DDP(関税込み配達渡し)を安易に受けてはいけない

インドの買い手から「DDP(Delivered Duty Paid=関税・税金込みで納品先まで届ける条件)で出してほしい」と言われることがあります。買い手にとっては最も楽な条件ですが、売り手はインドの関税・GSTの納税義務を負う立場になり、インドでのGST登録や現地代理人が必要になる場合があります。初回取引でこれを引き受けるのは避け、まずはFOBまたはCIFで始めるのが定石です。取引形態の選択は第6回で詳しく扱います。

📊 第2回のまとめ——1,000円/mの生地はいくらで売れるのか

💴 答え:通常関税・買い手が直接輸入する場合、実質原価は約815ルピー/m(約1,358円・US$8.54)=日本出荷価格の約1.36倍。商社経由なら約1.56倍。

🧮 提示する数字:見積書にはFOB日本港 US$6.48/m または CIFナヴァ・シェヴァ US$6.80/m と書く。手元原価は商談で口頭補足する。

🔑 本当のコストはBCD+SWSの22%だけ:IGST 5%は仕入税額控除で戻る。ここを混同しない。

関税を消す2つのルート:①日印EPA特恵税率(8桁HSコードで要確認)②前払輸出認可(買い手が輸出工場なら最有力)。使えれば1.36倍→1.12倍

🧶 ニット生地の下限税率は不利にならない:「20%かkg115ルピーの高い方」が効くのは課税価格575ルピー/kg未満の安価品。日本製には従来どおり20%。

🎯 狙うべき買い手が確定:生地代1着1,006〜1,222ルピー→小売2,500ルピー超(GST 18%区分)は不可避。①輸出縫製工場と③ミル・コンバーターに集中する。

⑧ 留意点・前提条件

  • 仮定値と確定値の区別:税率・計算式・制度は公表資料に基づく確定情報ですが、国内諸掛(+3%)・海上運賃と保険(+5%)・通関および内陸輸送(15ルピー/m)・商社マージン(15%)は本稿の仮定値です。実際の見積もりで置き換えてください。とくに小ロットのLCL輸送では運賃比率が大きく変わります。
  • 関税率はHSコードごとに異なります:本稿は合繊織物(HS 5407系)の基本関税20%・IGST 5%を前提としています。綿織物・毛織物・不織布・産業資材などは税率が異なる場合があります。必ず自社商材の8桁HSコードで確認してください。
  • 特恵税率の適用可否は個別照会が必須:IJCEPAではインド側の即時撤廃は17.4%にとどまり、除外品目が8桁ベースで1,538品目(13.62%)あります。「日印EPAがあるから無税」とは限りません。
  • 前払輸出認可は買い手側の制度:本制度を使うのはインドの輸入者(=買い手)であり、日本の売り手が手続きするものではありません。輸出義務の履行など条件があり、すべての買い手が使えるわけではありません。
  • 為替は変動します:本稿は1米ドル=159円=95.4ルピー(2026年7月末時点の市場実勢値)を計算例として用いました。実際の課税価格の換算にはインド税関がRBI公示レートを使用します。
  • 「1着1.5m使用」は計算例:製品の種類・サイズ・柄合わせの有無により必要尺は大きく変わります。
  • 税制・関税率は変更されます:インドは毎年2月の予算で関税率を改定します。実際の取引前に、必ず最新の税率と制度を確認してください。
  • 本稿は税務・通関の助言ではありません:実際の申告・分類の判断は、インド側の通関業者(CHA)または税務専門家にご確認ください。

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第3回:関税だけではない——QCO・BIS認証など「入れない」リスク

価格が合っても、そもそも輸入できないという壁があります。インドが繊維品目に広げている品質管理令(QCO)とBIS認証、ラベリング規制、最低輸入価格(MIP)を取り上げ、「認証がないと関税以前に通関で止まる」という落とし穴と、取得の流れ・期間の目安を整理します。

主要引用・参照元一覧

  • インド財務省「2025-26年度予算」財政法案 第98条(a)・第2附則(2023年暫定租税徴収法に基づき2025年2月1日〜2日深夜施行)/Fibre2Fashion「India Budget 2025-26: 20% import duty on knitting fabric with a rider」(2025年2月1日)
  • インドGST評議会 第56回会合(2025年9月3日開催)決定 — 2025年9月22日施行の新GST税率体系(5%・18%の2区分)
  • インド政府情報局(PIB)「Next-Generation GST Reforms Boosts India’s Textiles sector」
  • インド商工省DGFT「外国貿易政策2023(Foreign Trade Policy 2023)」— 前払輸出認可(Advance Authorisation)/特別前払輸出認可(Special Advance Authorisation)
  • AEPC(アパレル輸出振興評議会)「FAQs on Advance Authorisation Scheme / Special Advance Authorisation Scheme」
  • 日印包括的経済連携協定(IJCEPA、2011年8月1日発効)/日本商工会議所「日インドEPA 特定原産地証明書 様式・記入要領」
  • インド中央間接税関税局(CBIC)に基づく標準的な輸入税計算体系(課税価格=CIF+上陸諸掛1%、SWS=BCDの10%、IGST=〈AV+BCD+SWS〉×税率)
  • 為替:1米ドル=159円/1米ドル=95.4ルピー(2026年7月末時点の市場実勢値)

※本稿は公開情報の要約・整理を目的とした実務ガイドであり、税務・通関・投資・取引の助言を意図するものではありません。数値は執筆時点で確認できた各機関の公表資料に基づきます。関税率・GST率・特恵税率・各種制度は変更されますので、実際のご判断にあたっては最新の一次情報および専門家の確認を必ず行ってください。

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背戸土井 貴之

Author
背戸土井 貴之 / 株式会社インフォアイ 代表取締役

繊維商社にてインド生産を中心とした業務に12年間従事。現地工場との生産管理や品質管理、繊維ビジネスの実務経験を積む。その後、2002年にインドと日本を拠点とする株式会社インフォアイを設立。繊維業界向けのクラウドソリューション開発や画像加工サービス「キリコム」を中心に事業を展開。現在は繊維業向けクラウド「KIRIKOM PLUS」など、繊維業界の業務効率化とデジタル化を目的としたソリューションを日本・海外の企業に提供している。

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